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父、逝く。

またまた随分と間が開いてしまいましたが、久し振りに書こうと思いました。
先日、自分の人生にとって、やはり大きな節目になる出来事がありましたので、自分自身のために…。

6月28日の早朝、父(高木宏)が召されました。
82歳でした。
その前の週の水曜日、父が肺炎を悪化させ呼吸不全を起こし、医者からは「会わせたい人がいたら連絡をするように」というようなことを言われたそうで、義理の姉から連絡を受けました。
少し様子を伺ってから、翌日(木曜日)出かけることに…。
田無(東京)の病院に駆けつけると、酸素マスクをして苦しそうに体全体を使ってやっと呼吸をしている姿が痛々しい…。
こちらが話しかけることは分かっている様子で、それに何か答えて言っているようでしたが、何を言っているのか聞き取ることは殆ど出来ませんでした。
息をしているだけでも苦しそうなので、「もう何も話さなくていいから…」と伝えて、祈りつつ、ただそばにいるだけ。

夕方になって、南大泉(練馬区)の両親の家に帰って、夕食を食べ、母と兄夫妻(両親と同居)といろいろと今後予想されることなども話し合いました。
それが一段落ついたところで、母がやはり疲れている様子だったのと、少し前から体調もあまりよくない様子だったので、泊まるとかえって疲れさせ負担になるかと思い、一度京都に帰ることに…。
西武池袋線で池袋に出て、JR山手線に乗り換え東京駅に向かっているときに、兄から携帯に電話を受け、容態が急変し、いよいよ危ない、との連絡が病院からあった、とのこと。
日暮里あたりから引き返して田無の病院に駆けつけました。
病室の外に、兄夫妻とSK牧師(両親と義姉の属する教会の牧師で、私とは教会の高校生会以来の友人)が既に来ており、ベッドの横には、もう一人の兄(長男)が寄り添っていました。後から、その兄の奥さんと子供二人も最期の別れに来てくれました。
父はもう意識もない様子でしたが、呼吸は一層苦しそうで、後は時間の問題…今夜中にも…との感じでしたので、その晩は私が代表して父の付き添いをすることにしました。
幸い信仰告白もし、洗礼の恵みにも与っていましたので、むしろ早く楽にしてあげたい、という思いで、祈りつつベッドの横で付き添っていましたが、か細い呼吸を繋いで意外にも、これからも暫く持ちこたえることになります。
思っていたより長文になってしまったので、今日はここまでにします。
これから特別集会の奉仕に泊りがけで出かけなくてはなりません。
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