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東京での電車移動

27日の午後、礼拝から帰宅後、主事会運営委員会のため上京しました。
新幹線で東京に着くまで、何も違いは覚えませんでしたが、駅に降りてみると、やはり節電のため薄暗くなっていました。
その日は、Kキリスト教会で夜遅くまで会議をし、12時過ぎに銭湯に行き、心身ともにリフレッシュしてから教会で泊めて頂きました。
次の朝(28日)は、御茶ノ水のKGK事務所に移動し、4時くらいまで会議。
議題は、人事のことも含めて今後の対応や展望など多岐に渡りましたが、やはり震災への対応も大きな議題でした。
私も4月中旬には、KGK関係者への訪問とボランティア活動のため一度現地入りすることになりました。
既にKGK主事が学生たちを引率して、現地入りしてボランティア活動を始めていますので、お祈り下さい。

主事会運営委員会後、母と兄家族が住む家(練馬区南大泉)に一泊させてもらうため訪ねました。
地下鉄丸の内線御茶ノ水駅から池袋に行き、副都心線に乗り換えようと思って長いエスカレーターを降りて、駅のホームまで行くと、何と!節電のため、池袋から先は運休…。
池袋から西武池袋線へ乗り換えれば簡単だったのですが、前もって買った切符では、有楽町線を利用しなくてはならず、来た通路を後戻りして有楽町線へ乗り換え、小竹向原駅でまた乗り換え…。
しかも、今度は運転制限のため本数が大幅に減っていて、練馬行きの電車が来るまで、何と20分以上の待ち合わせ。
練馬駅でやっと西武池袋線に乗り換えると、今度はギュウギュウ詰めの満員電車でモミクチャになり参りました。
大泉学園駅で多くの人が降りて大分すいたのでホッとしましたが、次はもう降りる保谷駅です。
えらく時間がかかって大変な思いをしましたが、首都圏で生活している人たちは、節電のために不自由な思いをしていることのホンの一端を経験しました。
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大地震と大津波に思い巡らしている言葉

あの大地震、大津波を知ったのは、KGK関西地区春期学校から帰宅したときでした。
丁度、玄関にいた妻から「東北が地震で大変なことになっているよ」と聞いたときには、その被害の大きさ、深刻さがこれほどのものとは想像もつきませんでした。

今日(3/24)、KGKの梅田事務所で震災祈祷会をしました。
火曜日から大阪で春会議合宿をしていた全国協議委員が沢山残ってくれて、IFES東アジア地区のシン主事もシンガポールから来てくださり、35名ほどが所狭しと集いました。
椅子は24個、10名近くが立ち見です。
東北地区の学生TS君が東北の様子と祈祷課題を報告してくれて、共に祈りました。

内村鑑三は、関東大震災に際しての次のような言葉を残しているそうです。
(無教会派の方のメールで引用されていたことで知りました。)
  「最も甚だしく痛み給う者は天にいます父ご自身であると信ずる。
  彼はわれらの知らざるある方法をもって十分にこの苦痛を償い給うと信ずる。」
この言葉を思い巡らしています。 
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