スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東北訪問

東北を訪問してきました。
4月11日(月)午後の早い時間に、御茶ノ水の事務所を出発。
ワゴン車に救援物資をギュウギュウ詰めにして、山崎総主事、大嶋主事、油木主事と共に出かけました。
東北自動車道を走り、仙台の手前のサービスエリアでガソリンを給油しているところで余震による大きな揺れを感じました。
震源地に近い福島では震度6弱とのことでしたが、余震にして震度6弱とは驚くばかりです。

仙台に到着して、まずは東北地区主事の成実主事のアパートを訪ね、東京から買っていったSubwayのサンドイッチで共に楽しく食事をしました。
アパートは、地震によって「半壊状態」になるのでしょうか?…「危険」の張り紙が貼ってありますが、成実主事を含め他の住人の方々も住み続けています。

その後、8時30分くらいから始まるFHI(国際飢餓対策機構)のミーティングに出席。
KGK関西地区の卒業生のS兄が全体の総指揮をしておられ、久し振りの再会を喜びました。
カップ麺の焼きそばとご飯を食べておられるところでしたが、震災後の早い時期から現地に入られて、こんな食事をしながら、先頭に立って指揮をとり、ずっと奮闘してこられたのだろうなあ、と思うと本当にご苦労様…という気持ちになりました。
東京基督教大学、同盟キリスト教団、その他、外国からのボランティア団体なども含めて、その日の活動の報告をしました。
KGKも、その中の一つとして、塩釜の教会での救援活動に協力しています。
そろそろ救援物資の必要から、段々と特に子どもたちやお年寄りの方々のメンタルケアーのニーズが高くなってきている印象を受けました。(とは言っても、勿論、地域によってそのニーズは多岐に渡っており、一概には言い切れないのは勿論ですが…。)

そのミーティングが終わって、塩釜の教会に車で移動しましたが、それまでに見たの光景は、外から見た限り、それほど大きな被害を受けたようには見えませんでしたが、塩釜に近付くと津波の被害にあった地域の深刻さが、夜の暗い中でも分ります。
それでも、もっと早い時期の光景を見ている大嶋主事によれば、随分と瓦礫や車の残骸が道の両脇に除けられていて大分ましとのこと…。

塩釜の教会に着いたのは11時少し前くらいだったでしょうか?…さすがにボランティア活動のベースなだけに、すでに消灯してあり、皆、眠りについていました。
イビキや寝息が聞こえる暗やみの中、小さなLEDライトを頼りに手探りしながら、着替えをして指定されたスペースに寝袋を出して、その中に滑り込みました。
凄まじい(?)イビキのせいもあって、なかなか寝付けない長い夜を過ごすことになりました。第一日。
(続きは、またの機会に…。)
スポンサーサイト

礼拝に向かう途中

今日(4/10)は、兵庫県垂水のK教会での礼拝説教奉仕。
阪急電車で三宮まで行き、そこでJRに乗り換え垂水駅まで行く途中、16年前に阪神大震災で大きな被害を受けた地域を通ります。
真の復興とは何なのか、ということを問うと難しいのですが、見た限りではすっかり町並みは綺麗に復興しています。
そして、今日は青空のもと桜が満開!
東日本大震災の被災地にも、こんな風に復興した町並みに、青空のもと桜が満開、という景色を見る日が来るのだろうか…勿論、早く来ることを心から願いたい。
そんなことを思いながら、礼拝に向かいました。
そのK教会は、阪神大震災のときに被災し、その当時、KGKの学生たちと共に、崩れた屋根瓦を降ろしたり、壊れた壁にコンパネを貼ったり、お手伝いをした教会です。
若さゆえ、わいわいとやかましくしたために教会のお隣の方に叱られてしまいました。
考えてみれば、被災して大変な思いをしているときに、ボランティア活動とは言え、楽しそうにわいわいとやかましくしていたら、それは心穏やかではいられないのも無理のないことでした。
明日(4/11)から東北に出かけます。
被災された方々の思いに少しでも近付くことができたら…と思います。

東京での電車移動

27日の午後、礼拝から帰宅後、主事会運営委員会のため上京しました。
新幹線で東京に着くまで、何も違いは覚えませんでしたが、駅に降りてみると、やはり節電のため薄暗くなっていました。
その日は、Kキリスト教会で夜遅くまで会議をし、12時過ぎに銭湯に行き、心身ともにリフレッシュしてから教会で泊めて頂きました。
次の朝(28日)は、御茶ノ水のKGK事務所に移動し、4時くらいまで会議。
議題は、人事のことも含めて今後の対応や展望など多岐に渡りましたが、やはり震災への対応も大きな議題でした。
私も4月中旬には、KGK関係者への訪問とボランティア活動のため一度現地入りすることになりました。
既にKGK主事が学生たちを引率して、現地入りしてボランティア活動を始めていますので、お祈り下さい。

主事会運営委員会後、母と兄家族が住む家(練馬区南大泉)に一泊させてもらうため訪ねました。
地下鉄丸の内線御茶ノ水駅から池袋に行き、副都心線に乗り換えようと思って長いエスカレーターを降りて、駅のホームまで行くと、何と!節電のため、池袋から先は運休…。
池袋から西武池袋線へ乗り換えれば簡単だったのですが、前もって買った切符では、有楽町線を利用しなくてはならず、来た通路を後戻りして有楽町線へ乗り換え、小竹向原駅でまた乗り換え…。
しかも、今度は運転制限のため本数が大幅に減っていて、練馬行きの電車が来るまで、何と20分以上の待ち合わせ。
練馬駅でやっと西武池袋線に乗り換えると、今度はギュウギュウ詰めの満員電車でモミクチャになり参りました。
大泉学園駅で多くの人が降りて大分すいたのでホッとしましたが、次はもう降りる保谷駅です。
えらく時間がかかって大変な思いをしましたが、首都圏で生活している人たちは、節電のために不自由な思いをしていることのホンの一端を経験しました。

大地震と大津波に思い巡らしている言葉

あの大地震、大津波を知ったのは、KGK関西地区春期学校から帰宅したときでした。
丁度、玄関にいた妻から「東北が地震で大変なことになっているよ」と聞いたときには、その被害の大きさ、深刻さがこれほどのものとは想像もつきませんでした。

今日(3/24)、KGKの梅田事務所で震災祈祷会をしました。
火曜日から大阪で春会議合宿をしていた全国協議委員が沢山残ってくれて、IFES東アジア地区のシン主事もシンガポールから来てくださり、35名ほどが所狭しと集いました。
椅子は24個、10名近くが立ち見です。
東北地区の学生TS君が東北の様子と祈祷課題を報告してくれて、共に祈りました。

内村鑑三は、関東大震災に際しての次のような言葉を残しているそうです。
(無教会派の方のメールで引用されていたことで知りました。)
  「最も甚だしく痛み給う者は天にいます父ご自身であると信ずる。
  彼はわれらの知らざるある方法をもって十分にこの苦痛を償い給うと信ずる。」
この言葉を思い巡らしています。 

EMFサマーキャンプ

また久し振りになってしまいました。
先週、火曜日(17日)にKGK梅田事務所で学生たちと会議をしていると、岐阜で牧師をしているTA兄、社会人から関学の学生に戻っているFT兄が、ひょこっと顔を出してくれました。
このように、卒業後も仲間と会って、そのついでに訪ねてくれるのは、学生にとっても励ましですし、本当に嬉しいものです。
特にTA兄とは、一度、夏期学校の講師としてご奉仕して頂きましたが、私は丁度、他地区での奉仕でお会いできませんでしたので、卒業以来の再会だったと思います。
その彼が「minor Change読んでいますよ」と言ってくれましたが、全然更新していないのに、このように言ってもらって恥ずかしく思いました。

先々週は9~12日のEMFという医療従事者と医科系学生たちのサマーキャンプに招かれ奉仕しました。
「悩みの炉」というテーマで、ローマ5:3~5の主題聖句を中心に、3回に渡って主題講演をしました。
多忙を極めている医療従事者の方々が、お盆休みに集まっておられる熱心な姿に感動を覚えました。
特に、関西地区KGKの卒業生で、研修医1年目のWS兄が「潜水艦生活」から少し浮上しながら、駆けつけてくれたこと、そして、この4ヶ月余りの大変な生活状況と信仰生活の現状を、交わりの中で分かち合ってもらえたことは、こちらの方が励まされる思いがして、本当に感謝でした。
奉仕の翌日は、折角の北海道ですから一日休みをとって小樽を一人小旅行し、リフレッシュの時も与えられ感謝でした。

今日は、今から夏期学校パート1に出かけます。
小豆島に70名ほどの学生たちが集まるようです。
学生たちが、良い学びと経験ができるようにお祈り下さい。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。